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遠くへ行きたい ⑩ ー オレはトム・ハンクスか!ー [時空の旅]

9月のはじめに緊急事態宣言下の大阪へ1泊2日で行ってきました。古い友人たちがやるフリーコンサートを見るためです。不要不急の外出はずっと自粛していましたがこのコンサートは僕にとっては不要なんかではないし、今、行かないと(僕ももう歳やし)二度と見ることができないかもしれないのです。それでもギリギリまで迷っていたのですが、やっぱり、行くことにするわ、と友人に伝えると彼は早速新幹線とホテルがセットになったチケットを送ってくれました。僕は旅行が苦手でこういう段取りがちゃんと出来ないんです。情けないです。
 コンサートは雨が降ったりやんだりでしたが見に来てるお客さんも出演してるミュージシャンもコンサートを作ってる人たちもみんなそれぞれが楽しく時間を過ごしている素敵なコンサートでした。行って良かったと思いました。
 帰りのチケットは、ちょっとでも長いこと大阪に居れるように遅い時間にして、という僕の希望で新大阪駅夜の8時9分発「のぞみ」56号です。それで10時にホテルを出て阪急宝塚線曽根駅前の喫茶店で古い友人たちと待ち合わせて45年前とおんなじアホな話をして、いっぱい笑って、もう、満腹や!と思ってもまだ午後1時半でした。まだまだ時間はあるけどやっぱり緊急事態宣言下やからあんまりぶらぶらするのもあかんなぁ、と思ってたら友人が、早い時間に変更してもろたらええんちゃうのん、できるはずやで、と教えてくれた。それでチケットを見てみると「乗り遅れた場合は自由席であれば後の列車に乗れます」と書いてあったのでもう早めに東京へ帰ることにしました。とりあえず梅田まで出ました。何処かでうどんでも食べて新大阪へ行こう、と思ったけど緊急事態宣言下やのに日曜日の大阪駅は人がいっぱいでした。なんか嫌な感じがしたので、もうこのまま新大阪に行くことにしました。新大阪に着いたらまだ3時半でした。

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 新大阪駅について改札口の駅員に、このチケット早い時間に変更したいんですけど、と言うと、これは前乗りできませんよ、あとの列車には乗れますけど、変更したければ旅行社の方に連絡してください、と言う。えっ!そんなん無理や。そしたらこれでもう一度大阪まで行けますか?と聞いたら、このチケットではダメです、別に購入してください、と言われた。どないしょ、とりあえずなんか食べようと思って構内をウロウロしたけど入りたい店がなかったので、改札口を出たところにある食堂街に行きたいと思って駅員に、あそこに行きたいねんけど?というと、ほんとはダメなんですけど駅の外に出ないのなら特別にハンコ押したげるから、出ていい、と言われました。その時食べたカツカレーの味なんか覚えてません。
  
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 カレーも食べたしとりあえず待合室へ行こうかなと思ってチケットを新幹線の改札に入れたら、ガチャンとバーが閉まりました。駅員が来て、このチケットは時間が早すぎるみたいやね、まぁいいです、入ってください、ただし出たい時は係りの者に言って下さい、と言われた。もう、踏んだり蹴られたりである。というわけで僕は新大阪駅の新幹線の待合室で4時間半を過ごさなければならなくなりました。こんな話トム・ハンクスの映画でなかったかなぁ、あれは空港やったかなぁ。

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 待合室では、僕は本を読むには拡大鏡がいるので読めないし、難聴なのでiPodを聞く時はボリュームをいっぱいに上げていて音が漏れるので他人がいるところではでは聞けません。仕方ないのでちょっとうたた寝したり、周りの人のこと観察したり、隣のスタバは人多いからちょっと先のお客のいないドトールでコーヒー飲んだり、買う気もないのに大阪土産の店覗いたりして構内をぶらぶらしても時間はゆっくりゆっくりしか進みません。もう、出発時刻の20分前にはホームのベンチに座って列車がくるのをただ待ってました。
    
           新大阪駅4.jpg

午後8時9分、やっと「のぞみ」は東京へ走り出しました。なんか長〜い1日やったなぁ。家に着いたら午後11時半でした。旅行社からチケットと一緒に送られて来た、「必ずお読みください」と書かれた書類を確認すると「この新幹線のチケットは乗り遅れた場合は後の列車の自由席には乗れますが、前乗りはできません」と書いてあった。
これからは「必ずお読み下さい」と書いてあったら、必ず読むことにします。

ちなみにコンサートから2週間以上たった先日、友人から、コンサートの出演者、スタッフ、お客さんの中から感染者は1人も出ていません、という連絡があった。良かった、良かった。

ということで長いこと付き合っていただきありがとうございました。今回のBGMはボブ・ディランさんのアルバム「追憶のハイウェイ 61」(1965年)から ’イット・テイクス・ア・ロット・トゥ・ラフ、イット・テイクス・ア・トレイン・トゥ・クライ(悲しみは果てしなく)’です。






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遠くへ行きたい ➈ [時空の旅]

 相変わらず不要不急の外出を自粛しているが、やはり気になる展覧会などは見てみたいと思う、というわけで久しぶりに散歩以外の外出をしました。
 練馬区立美術館で開催されてる「電線絵画展-小林清親から山口晃まで-」です。明治初期から現代までの電線、電柱が描かれた絵を集めた展覧会ということである。電柱を描くのが好きな僕としては絶対見たいと思い行ってきました。
 僕の住んでる隅田川のこっち側から練馬の方へは地下鉄を3回くらい乗り換えて行きます。片道1時間半以上かかりました。遠いなぁ、そして久しぶりに乗った地下鉄は思ったより人が多かったです。この前に乗ったのはいつやったか忘れてしもたけど、もうちょっと空いてたような気がしました。
 展覧会のテーマが電線と電柱なんで、絵は木版画もあれば大判錦絵、石版画に水彩画や油絵や日本画や漫画もある。サイズも木村荘八のハガキ大くらいの新聞小説「濹東綺譚」の挿絵から佐伯祐三の50号くらいの油絵「下落合風景」までいろいろあってめっちゃ面白かったです。
ちなみにこのチラシの絵は小林清親の『従箱根山中富嶽眺望』明治13年 (1880)大判錦絵 です。
電線絵画展・チラシ.jpg

 僕も風景の中に電柱を描くのが好きというか、電信柱を描くとなんとなく絵が締まって落ち着いたような気がするのです。しかしそれで失敗したこともあります。だいぶ前のことですがカレンダーで文学作品をテーマに6枚の絵を描くという仕事でした。それで国木田独歩の「武蔵野」のための絵を描いた時、遠く地平線の向こうに電線と電柱を描きました。ところが絵を渡してしばらくたった時、デザイナーから「あのぅ、先ほどスポンサーさんから連絡があり、国木田独歩の「武蔵野」の時代(1898年、明治31年)にはまだこの辺りには電気は通ってなかったのではないか?というクレームが入りました、やり直す時間もないので印刷所の方で電線と電柱をとってもらうことにしますが、いいでしょうか?」という話でした。「はい、すいませんよろしくお願いします」と言いました。恥ずかし。これがその原画で電線と電柱が描かれています。
武蔵野.jpg

 ということで小林清親や川瀬巴水と比べるのは恐れ多いのですが、電線、電柱が描かれている僕の絵をいくつか載せてみました。「僕の電線木版画編」です。古いものは1996年から新しいものは2017年です。
 まずは川本三郎さんの「荷風と東京」の装画です。隅田川沿いの昭和のはじめの下町の風景をイメージして描きました。遠くに見えるのは清洲橋です。
「荷風とと東京」装画.jpg

 これは小説新潮の表紙絵です。都電荒川線の面影橋駅です。
都電・面影橋.jpg

  これも川本三郎さんの「林芙美子の昭和」の装画です。林芙美子が暮らしていた昭和の落合をイメージして描きました。遠くに見えるのは新宿の街です。
「林芙美子の昭和」装画.jpg

 こちらは川本三郎さんの「芸術新潮」誌での連載「言葉のなかに風景が立ち上がる」のなかの重松清の「定年ゴジラ」についての文章のための挿絵です。多摩ニュータウンをイメージして描きました。
ニュータウン.jpg

 これは青山にあるビリケンギャラリーでの企画展「私のセンチメンタル通りーはちみつぱい・トリビュート」のために描いたものです。
私のセンチメンタル通り.jpg

これは大阪の伝説の野外コンサート「春一番」のポスターです。西岡恭蔵さんの「春一番」という歌をイメージして描きました。
「春一番」2017ポスター.jpg

 最後は永井荷風の「濹東綺譚」を1枚の漫画風に描いてみました。木村荘八の挿絵を参考にした絵があります。
「濹東綺譚」.jpg

今回のBGMは大阪の野外コンサートのライブアルバム「春一番スペシャル・セレクション- 地球は皮をはいだ」の中からはちみつぱいの「へいの上で」です。


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遠くへ行きたい ⑧ [時空の旅]

まだまだ続く新コロ禍の中、久しぶりに東京駅に行きました。といってもGO TO トラベルとかいうので何処かへ旅行に行ったわけではありません。東京ステーションギャラリーに『もうひとつの江戸絵画・大津絵』展に行ってきました。めっちゃ面白かったです。
大津絵とは江戸時代初期に東海道の大津周辺で作られていた土産物だそうです。型紙や版木押し(スタンプ)でだいたいの絵を作り手彩色で仕上げる。簡単で大量に作れるので安価で気軽に買えると、お伊勢参りなどの旅人に土産物として人気があったようです。絵柄は仏画や戯画から風俗画、教訓画、そして護符といろいろあります。たとえば裸の鬼が風呂に入るところが描いてある絵はタイトルが「鬼の行水」で「身体の汚れは落とせても、心の汚れを落とせない」というようなことが絵の周りに書いてある。同じ絵柄でもちょっとづつ違う絵がいろいろあって、その素朴でユーモラスで美しい絵に魅せられた明治以降の画家や文化人や目利きたちが競って収集したらしい。ただなんせ安物の土産物なんで残っているものが少ないらしく、今回の展示ではその絵の持ち主や誰から譲り受けたのかという履歴が書いてあるのがおもしろかった。例えばある絵は渡辺霞亭から何人か続いて最後に柳宗悦とか、ある絵は梅原龍三郎から始まって最後は小絲源太郎というように。あー、面白かった、と出口のところに行くと「大津絵を作ってみましょう」(お一人様1枚まで)と一部分が欠けている大津絵が3点印刷されたシートが置いてあった。下の絵は顔と手をぼくが描いて色を付けました。この絵のタイトルは「鬼の念仏」で、子どもの夜泣き除けに使われたそうです。

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ということでぼくもなんか大津絵みたいな絵を描いてみたくなり、いろいろ考えてこんな絵になりました。この絵はもともとぼくの高校の時の同級生で大阪のミナミで長年バーをやってる友人の2006年・戌年の年賀状のために描いたものを大津絵風にアレンジしたつもりやけどぜんぜんうまくいきませんでした。あかんなぁ〜。余談ですがこの友人のバーの年賀状を初めて描いたのは1979年で、いまもずっと描いてます。長く続けてたらええちゅうもんでもありませんが、この年賀状は、みんなにえらい受けたでぇ〜、と喜んでくれました。

            大津絵・犬もあるけば.jpg


今回のBGMはスティーヴィー・ワンダーの1974年のアルバム「ファースト・フィナーレ」から ‘ 1000億光年の彼方 - Heaven Is 10 Zillion Light Years Away ‘ です。



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遠くへ行きたい ⑦ ーカプセルホテルの夜は更けて [時空の旅]

5月の連休に久しぶりに大阪へ4泊5日の旅に出かけることになった。金森幸介くんの歌詞集「心のはなし」の挿絵の原画の展示と毎年ポスターの絵を書いている春一番コンサートを20年ぶりにちょっと覗いて見たいと思ったからでした。もう、大阪には実家も無いし親兄弟も住んでいないので宿泊先を探さないと行けません。ゴールデンウイークやし、予算もあんまり無いし、ゲストハウスはちょっと苦手やし(僕、バックパッカーちゃうし)なのでなかなか適当なところが見つかりません。そんな時うちのものが、こんなんあるでぇ〜、サウナ付き大浴場も入り放題やてぇ、そらええわ、カプセルホテルやけどな、えっ、かかカプセルホテル?なんか懐かしい感じするなぁ。と言う訳で僕の4泊5日のカプセルホテル・ツアーが始まりました。
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そのカプセルホテルは十三(ジュウソウと読む)というところにありました。十三は大阪方面の人には説明不要の阪急梅田から二駅北へ行ったところにある街で、東京の街でいうと、錦糸町あたりでしょうか。
駅を降りると酔っ払った若者たちが大声で騒いでるし、その若者たちにぶつかりながら歩くおっさんは、なんや!文句あるんか!と若者たちを睨みつけてたりします。わぁ〜、十三や、と思いながら地図を見てカプセルホテルの方へ歩いてると、途中の通りの角かどにお兄ちゃんやお姉チャンが立っとって、お兄ちゃん、遊べへん?と寄ってきます。いやぁ、いいですわ、と僕。だいいちお兄ちゃんちゃうし。
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カプセルホテルのフロントは2階にあります。2階に上がるとまず、靴は靴箱に入れてください、と書いてあり、その鍵はフロントに預けます。やっぱり普通のホテルではないなと思いました。あのぅ、予約してますモリですけど、と言うと、はぁいモリ様、4連泊のご予約いただいております。本日はクーポンご利用で2900円になります(安うっ)。これロッカーのキーです、無くさないようにしてください。ロッカーの中にガウンと下着が入ってますから着替えてください。えっ、ガウンにパンツ?やっぱり普通のホテルとはちゃうなぁ、と思ってると、大浴場、サウナは朝4時までご利用いただけます。あっ、これは朝食券です。朝食は10時までです。あっ、はい、ありがとうございます。
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ロッカーの中には人間ドックの検査の時に着るような薄いガウンと同じ生地のトランクス型のパンツがきれいに折りたたんで入っていた。もはや普通のホテルじゃなく、スーパー銭湯である。とりあえずお風呂に入ることにした。
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お風呂は大浴場と言うてるけど、まぁ、普通の銭湯みたいな感じです。確かに横にサウナもあり、マッサージ・サービスもある(3000円)。もちろんシャンプー、リンス、ボディーソープにカミソリもタオルも使い放題である。それと5日のこどもの日には湯船に菖蒲の葉が入っていた。従業員のおっさんたちの感じからは考えられない心遣いがちょっと嬉しかったりしたのです。
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お風呂から上がるとたいていの人は食堂兼休憩室でテレビを見ながらビールを飲んだり、ラーメンを食べたりして時間を潰しているように見えます。本当に寝るときだけカプセルに入るようです。ここでは皆さんガウンを着ているのでお金は持っていないのですが、でも、大丈夫、腕に巻いたロッカーの鍵のベルトについてる番号を見せるとチェックアウトの時にまとめて支払うようになっているのです。後ろの方では大イビキをかいて寝てる人がいました。この人はイビキのせいでカプセルでは隣の人に迷惑がかかるので朝までここで眠るのに違いありません。僕もイビキをかかないかちょっと心配です。テーブルには、足をテーブルの上におかないでください、と書いてあった。そらそうや。
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カプセルの中にはコンセントがあり携帯やカメラの電池の充電ができるのでカメラや手帳など必要最小限のものだけバッグに入れて持って入ります。しかしカプセルにはなぜかロックがなく、新幹線の窓のシェードのような扉があるだけである。従って夜中にトイレに行くときもバッグを持っていかなくてはなりません。そしてこのカプセルに入る時と出る時の格好がなんか恥ずかしいんです。オレは犬か!
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カプセルの中はじっと寝ている分には十分な広さではある。テレビもある、アダルトチャンネルもある、がなぜかイヤホンはない。初日は僕のように普段寝相の悪い人間は横の壁やなんかを蹴飛ばしたりして隣のおっさんに怒鳴られたらどうしょう、イビキがうるさいんじゃ、ワレェ〜、とか言われたらどうしょう、と思ったらなかなか眠れませんでした。2日目からは普通に眠れるようになりましたけど。と言うか最終日なんか、昼間は展覧会では僕の版画を気に入ってくれた人と話をして、春一番コンサートの会場では古い友達にたくさん会って、いっぱい喋って、いっぱい笑って、もう、ヘトヘトになって、やっと夜中にカプセルに入った時、なんかホッとしたのでした。家のものに言わせると、あんたは、本来どこででも寝られるはずや!と言われました。まぁ、こんな感じで僕のゴールデンウイーク・カプセルホテル・ツアーは無事終了しました。ああぁ、たのしかった。ちょっと長くなったのに最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

てな訳で、今回のBGMはカーラ・ボノフの 'レストレス・ナイツ '
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遠くへ行きたい ⑥ [時空の旅]

家からぶらぶら歩いて40分くらいのところにある「すみだ北斎美術館」に初めて行きました。今回は展覧会のタイトルが「北斎の橋 すみだの橋」というのでちょっと面白そうやな、と思ったんです。中に入ると予想どうり暗かった。古い多色刷り木版画の展示なのでまぁしょうがないな、と思いながら見てたけど僕はちょっと目が悪いので細かなところがよく見えません。もっと絵は引いて全体を見ないと、と言われそうですが、僕はつい細かいところが気になってしまうんです。そこで老眼鏡と百均で買った虫眼鏡を出して見てたら、監視員の女性が飛んできて、申し訳ありません、ルーペのご使用はご遠慮いただいております。と言われてしまった。(えっ、ルーペ、これが?)あっ、すいません、と言って虫眼鏡は仕舞いました。しょうがないな、ルーペが絵に当たったら傷つくしなぁ。それからある北斎の弟子の人の絵に大阪の天保山か安治川やったかの橋を描いた絵が良かったので名前やタイトルをメモしとこ、と思った(展覧会の図録を買うつもりはないので)けど、待てよ、こんなところでペンなんか出したら、さっきの監視員のオネェちゃんがまた飛んでくるで、と思って入口の注意事項の書いてある所へ戻って確認してみると、やっぱり筆と万年筆の絵にペケが付いていた。僕はさっきのオネェちゃんに、あのぅ、ちょっとメモしたいんですけど、水性ボールペンでもダメですよね、と尋ねると、はい、ボールペンもそれからシャーペンのような先の尖ったものはご遠慮いただいております。そしたら何ならいいのですか? はい、エンピツは大丈夫です。エンピツは持ってないなぁ。そしたらケイタイのメモ機能を使ってもいいですか? いえ、ケイタイのご使用はご遠慮いただいております! はぁ?メモ機能でも? はい、ケイタイのご使用はご遠慮いただいております。まぁ、こんな会話と北斎やその弟子たちの橋の絵を楽しんで会場から外に出た。あらためて北斎美術館の建物を眺めた。全面ステンレスのピカピカの変わった建物である。きっと著名な人のデザインに違いない。アルファベットの「M」のようにも見えるがなんか意味でもあるんやろか?北斎やったら「H」やけどなぁ、と思って美術館の入り口にいてはった関係者の人に聞いてみた。この建物の形はなんか意味があるんですかぁ? いやぁ、何も意味なんかないで、来てくれたお客さんに風とうしのええもんを作ろうとしたらこんなんになったらしいでっせ。なんか英語の「M」に見えるいう人がようけ居てはりますわ。(実際は標準語です)

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「すみだの橋」と言えば以前吉祥寺にあった小さな絵本屋さん「トムズボックス」のギャラリーで「はんこ百個展」という展覧会をやったことがある。いろんなはんこをひとつひとつ自分で作りました。隅田川に架かる橋のはんこも作りました。小さな可愛いはんこはようけ売れたけど、この橋のはんこは大きい(横9センチ X縦7センチ)せいもあってか3個ぐらいしか売れませんでした。そんなわけで今回は隅田川の下流から順番に載せてみました。

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てな訳で今回のBGMはボブ・ディランの名曲 ’ホエン・アイ・ペイント・マイ・マスターピース’ をザ・バンドのヴァージョンで。いつか僕にも傑作と言えるような絵が描ける日がくるのでしょうか。



           
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遠くへ行きたい ⑤ [時空の旅]

10月の初め頃(えっ、まだ10月の話?なんて言わんとって)神奈川県立近代美術館 葉山へ行きました。
前にここに来た時はクルマだった。と言うことは少なくとも7年以上前のことである。なぜかと言うと7年前、徹夜明けに運転免許証の更新に行った時、例の、上、右、上、下、と言うあの「C」みたいなやつで視力検査をしようとしたら、なんと、ちゃんと見えへんのである、えっ、と思ったが、仕方なく適当に、上、左、右、上とか言うてたら係りのおじさんに、なに言うてんのん?6回やったけど全部間違ごうてるで、ひょっとしたら今日は疲れてはるのかもしれへんから明日もういっぺん来てみぃ(実際は関西弁ではありません)、と言われた。次の日に行くとやっぱり結果は同じでした。それからは無免許なのでクルマを手放し、もちろん運転もしてません( 因みに眼科で加齢性黄班変性症と診断された)。話がえらい横道にそれてしまいましたが(クルマの話だけにね)そんな訳で今回は電車とバスである。その電車がラッキーなことに最寄駅の都営浅草線押上から京急につながっているので乗り換えなしに金沢文庫まで行き、京急逗子線に乗り換えて新逗子まで行けます(ここまで1時間40分、新幹線やったら名古屋ぐらいまで行ってるで)。そこから今度はバスで美術館前まで行くのです。海を見るのは久しぶりである。展覧会は「クエイ兄弟 −ファントム・ミュージアム − 」。クエイ兄弟のことは知りませんでしたがテレビで紹介されたのを見て面白そうやし、たまには、遠くへ行きたい!、と思ったのでした。

           神奈川県立美術館葉山.jpg

クエイ兄弟はパペット・アニメのレジェンドと言われるアメリカ人の双子の兄弟だそうです。( 因みに彼らは1947年生まれで僕と同世代です)会場では彼らのちょっと、怖くてシュールなアニメーションと僕が興味深かったのはそのアニメーションの人形や舞台背景装置をミニチュア化したものを、1メートルぐらいの箱の中に作った作品でした。細部まで丹念に作られていてなぜか全体にうっすらと埃を被っているように見え、東ヨーロッパ(行ったことないけど)の古い人形劇みたいでした。それから彼らが初日に会場で公開制作した作品は鹿の絵に台がついてて『「粉末化した鹿の精液」の匂いを嗅いでください」』というタイトルがついていて、なんと撮影が許可されていたのでびっくりしました。ちなみにクエイ兄弟は1986年の元ジェネシスのピーター・ガブリエルの「スレッジハンマー」のミュージック・ビデオの制作に関わって評判になったそうです。コマ取りを多用したビデオで当時MTVでよく流れていたのを覚えています。展覧会を見終えて美術館の横の海の見えるレストランで食事することもなく新逗子駅前でラーメンと餃子を食べ、そしてまた1時間40分電車に揺られて帰ります。乗り換えなしなのでゆっくり眠れます。ほんま、遠かった。

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てなことで、今回のBGMはピーター・ガブリエルの「スレッジハンマー」にしたいとこやけど、疲れてるのでジャンゴ・ラインハルトの「スターダスト」にします。おやすみなさい。


遠くへ行きたい④ [時空の旅]

5月の終わり、久しぶりに大阪へ行きました。一泊二日の旅である。1967年春、母と、駅前の大きなお屋敷の庭先になんか喫茶店みたいなんできるらしいなぁ、と話していた。阪急宝塚線曽根駅前に5月のゴールデンウィークにオープンしたその店は小さな山小屋風の喫茶店で「タンネ」という名前でした。オープンの日、さっそく母と姉を誘って行きました。店内はカウンターとテーブルが3つくらいでしたが小さな庭があってぼくらはそこで珈琲を飲みました。それからは毎日のようにタンネに珈琲を飲みに行くようになりました。店はお父さん(マスター)と娘さん二人(ママさん)とでやってはりとても居心地が良かった。それでぼくはカウンター席に座ってダラダラと世間話をしながら長いときは8時間居たことがあるみたいです。それでウエイターのバイトをしたこともありました。イラストを描くようになってからはメニューを描かせてもらうようになりました。ぼくが初めてイラストを描いてお金を貰ったのはタンネのメニューだと思います。最初は紙や木に描いたりいろいろやりました。木版画をやるようになってからはシルクスクリーン印刷で小冊子のようなメニューを作りました。ぼくが東京へ引っ越してからも個展の時にはお父さん(マスター)はわざわざ見に来てくれました。今でも展覧会をすると二代目のマスター(息子)や何代目かのママさん(末っ子の娘さん)が見に来てくれます。そんな「タンネ」が50周年のイベントでぼくの版画のコレクションを展示してるので見に来ませんか?と誘ってくれたということです。50年は長いなぁ、と思いますが、あっという間やったなぁ、という気もします。

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二日目は午前中にどうしても行っておきたいところがあった。阪急曽根からひと駅宝塚よりの岡町の商店街にある八百屋のケンちゃんのとこである。ケンちゃんはぼくの兄の小学校、中学校の仲のいい同級生である。ケンちゃんはよくぼくの家に遊びに来ていた。兄がアメリカに留学して留守の間もよく夕方にバイクに野菜を積んで母のところに持って来てくれた(そのころ我が家は母子家庭で下宿屋をしていた)。母と兄のことを話したあと毎回決まってぼくに、元気か?相撲取ろか?かかってこい!といってはぼくを投げ飛ばします。ケンちゃんは柔道初段でした。なのでぼくはケンちゃんが来ると、うっとうしいなぁ、と思ってました。でもきっとケンちゃんはぼくが兄が居ないので寂しいやろ、と思って相撲を取ってくれてたんやろなぁ、と思えたのは大きなってからでした。それから結婚して引っ越す時や、その後の2回の引っ越しのたびにケンちゃんは仕入れ用のトラックを快く貸してくれた。いい人である。今回兄のことを話しとかなあかんなと思って尋ねることにしました。店に着いたらぼくの顔を見るなりケンちゃんは、おまえ!早よ言うて来んかい!一週間前に聞いたは!と怒られた。ぼくは兄のことをいろいろ話した。お前の兄貴はほんまオモロイやつやった!そして帰り際にケンちゃんが言った、こんど、夕方来いや!茶でも飲も!と、そうか午前中の八百屋は忙しいんや。えらいすんません!これでぼくの大阪の旅はおしまい。

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てな訳で今回のBGMはパット・メセニー・グループで ‘ラスト・トレイン・ホーム’です。東京へ出て来て28年たちもう大阪には実家も親兄弟も居てないけれどやっぱり大阪へは、帰る、という気分になりますなぁ。





遠くへ行きたい③ —うさぎとキリンと偏頭痛 [時空の旅]

ぼくは二ヶ月に一回ぐらいの割合で東京駅の近くの八重洲まで行ってます。押上から東京メトロ半蔵門線に乗って五つ目の「三越前」まで行きます。地下鉄を降りてB5出口から地上へ出ると三越本店があります(あたりまえか)。そのちょっと先に日本橋があります。あの時代劇によう出てくるお江戸の日本橋です。橋の真ん中に頭上を走る高速道路に挟まれるように背中に翼のある麒麟の像があります。東野圭吾の小説「麒麟の翼」の舞台になった所です。小説は読んでませんが、だいぶ前にテレビで阿部寛主演の映画「麒麟の翼〜劇場版・新参者」をやってたので見ました。まぁ、まぁ面白かったです。この像の前ではいつもお姐ちゃんかおばちゃんたちが記念写真を撮ってます。東野圭吾のファンなのか、阿部寛のファンなのか、歴史ファンなのか、美術ファンなのか、ぼくには分かりませんけど。

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八重洲へは頭痛外来のクリニックに行きます。いつもの先生の短い問診のあと、いつものように偏頭痛の薬10錠分の処方箋を書いてもらいます(10錠以上になると保険が効きません)。それから近所の薬局に寄って薬を貰います。保険が効いて10錠で3000円です。めちゃ高いやん、と思いますが、頭痛で丸一日しんどい目に遭うことに比べたら、珈琲一杯分で済むんやからええんちゃう、と思ってます。薬をもらって帰る途中にどら焼きで有名な「うさぎや」の前を通るのでいつもどら焼きを二つ買って帰ります。ところで大阪ではこのどら焼きのことは、三笠まんじゅう、とかただ、三笠、と呼んでました。子供の頃、学校から帰ると、おかぁちゃんが、今日、タチバナのおばちゃんが来てなぁ、三笠あるでぇ、と言ったら、めちゃくちゃ嬉しかったもんです。

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前回の「遠くへ行きたい」が町田やったので、遠くへ行きたいやのに、近いやんか、と思った人がいるかどうか分かりませんが、今回の「遠くへ行きたい」はもっと近かいです。遠くへ行きたいというのは距離のことだけではなく時間のことでもあります。なーんてね。ということで今回のBGMはチェット・ベイカーで ’ロング・アゴー・アンド・ファー・ウエイ’です。



遠くへ行きたい② [時空の旅]

この前、と言っても5月のある日、小田急線に乗って町田に行きました。車窓から家々の屋根がずーっと向こうまで続いてるのが見えて、ああ、世田谷や、と思いました。いまのこの隅田川の川向こうのディープな下町に越してくるまでの20年ほど世田谷の経堂に住んでました。今はほとんど地下鉄にしか乗らないので車窓はいつも真っ暗です。たまに丸ノ内線に乗ってると四谷あたりでぱーっと地上の景色が見えてホッとします。ということで町田の版画美術館へ「パブロ・ピカソ ー版画の線とフォルムー」展に行きました。美術館のある公園に入ると「葉っぱが風にゆれてザワザワとさざ波のように聞こえるなぁ、こんな音聞くのん、久しぶりやわぁー」と言ったのはぼくじゃなく連れの人です。

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ピカソの版画、特にリノカット(リノリュームの版を彫って油性の絵の具で刷る)の作品には以前から興味がありました。なかでもピカソが自分であみ出したという、1枚の版を彫っては刷り、彫っては刷りを進めて行くやり方は自分でも想像して何度かやったことがあります。今回はその版画の段階刷りや試し刷りが展示してあったので参考になってよかったです。しかし1枚の版のはなんとかわかったけど、2枚のリノリュームの版の作品になるともう分からなくなってしまいます。でもピカソが楽しそうに彫ってるのがよく伝わって来ました。よーし、ほんならぼくもと、今回の絵は町田の美術館とピカソのポートレートをそれぞれ1枚の版で作りました。ぼくは油性の絵の具は黒しか持ってないので木版でやってます。

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   今日のBGMはサンタナの ' ブラック・マジック・ウーマン/ ジプシー・クイーン ' ですけどええかな。

遠くへ行きたい① [時空の旅]

最近この町から出る事がめっきり少なくなってしまいました。たまに知り合いの個展を見に青山あたりに行ったり、眼科の定期検診でお茶の水まで行くぐらいである。もうずっと東京から出た事もないし、まして日本から出る事なんかありません。もともと出不精やし、パスポートも持ってへんし。それでこのブログも近所の話が多くなって、これではあかん、と思い(別にええんちゃうのとも思うけど)いろいろ考えました。そうや、ぼくはどこにも行かへんけど、友達はいろんなところへ行って機嫌がよければおみやげなんか買って来てくれます。そんなお土産の絵です。

           
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この絵は10年ぐらい前にバリ島に住んでいる兄が東京に遊びに来た時にくれたお土産です。ぼくが小学生の頃よく遊んだ、ポンポン船(水を入れてロウソクで沸かすやつね)のインドネシア版です。今でもバリ島の子供のおもちゃらしい。日本のものは形も色ももっとリアルだったと思うが、こちらは色付けも形もシンプルで素朴でいいです。



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これは30年ぐらい前に画家の友人が新婚旅行でニューヨークに行くので、その間軽自動車を預かってくれへん?(このへんの事情が未だによく解らん)と言われて車を置かしてあげた時のお土産です。この人形(?)とカルダーという人の絵のTシャツ(MOMAのお土産の当時の定番らしい)を貰いました。とくに気に入ってるという訳でもないけどお土産なんで今でも持ってます(さすがにTシャツはもうありません)。
もらったお土産を時々眺めてはまだ行った事もないバリ島やニューヨークに思いを馳せている、なんてことはありませんけどね。

ということで今回のBGMはペリー・コモで " フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン "です。

           
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